富良野原野の夕暮れ

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夕暮れの空。ヨシの穂。芦別岳の山並み。
たぶんこの組み合わせは盆地の開拓前から変わっていないのかもな、と思いながらパチリ。
でもヨシの向こうにはうっそうと茂る森があっただろう。

産業遺産や戦跡の写真が、過去の繁栄や悲惨を伝える手段だとしたら、
失われてしまった森や自由に曲がりくねった川の面影を伝えるのはどんな写真だろう。

撮るという行為は「今」しかできない。
オオカミが吠えていた時代へ戻ることはできないのだ。
でも過去や未来への想像を豊かにしてくれるような写真を撮ってみたい。

センチコガネ

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枯葉の下でじっとしていたセンチコガネ。
ヒグマやエゾシカのフンに集まっているのをよく見るが、
この日の寒さで動けなくなったのだろうか。

蝶にしても、甲虫にしても寒いと動けなくなるのに死んでしまうわけではない。
気温が上がり体があたたまると再び活動をはじめる。
不思議な生き物だ昆虫は。

クマの森

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昨日、雪虫の写真を撮るため山部自然公園太陽の里の尾根コースという散策路を歩いた。
登りはじめたのが9時半。
昼。車に積んである弁当を食べるために、同じ道を引き返した。
すると朝はなかったヒグマのフンが道の真ん中にあった。
数時間のうちに僕とヒグマが同じ道を交互に通っていたことになる。

フンにはヤマブドウとコクワがどっさり混じっていた。
ドングリの実が少ないと言われるこの秋、なんとか餌にありついているのだろうか。
怖さよりも、ヒグマと同じ時間を同じ森で過ごしていること。
それが不思議でたまらなかった。
写真はトドマツに刻まれたヒグマの古い爪痕。

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森の朝。

シロザケ遡上

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鵡川水系の源流部でシロザケが小さな川をさかのぼる。
生き物が移動するということは生命が移動し、物質とエネルギーが移動するということ。
海で蓄積されたものが森に還ってくる。

地元の方の話だとここ数十年サケの遡上は見られなかった、とのこと。
なぜ今年変化が起きたのか、ちゃんとした原因の情報をまだ得ていないが、動いていなかった歯車が再度かみ合うように、もともとあった生態系が復活していけばいいな、と心から思う。

それにしてもシロザケがのぼる川はいい。
僕のすむ富良野盆地には空知川が流れるがシロザケとサクラマス(ヤマメ)はいない。
石狩川水系の空知川はいくつかの巨大なダムや滝があって、魚は海から富良野まで来られないのである。

森の声

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森の中は情報に満ちているのだろうな、とふと思う。
僕らが気付かないだけで、樹も虫も土さえも言葉を発している。
ヒトは誰かに伝えるために文字を使うが、文字というかたちをとらない「コトバ」。
それに気付くことを、森の声を聞くと言ったりするのかもしれない。

科学的な思考が得意な人は科学によって森の声を分析する。
文学者は著述し、絵描きは描写する。
そして写真という媒体で写真家は撮影する。
それぞれの表現方法の違いはあっても境界はあいまいだし、境界はないのかも知れない、とも思う。

初秋の森は思考の森。

プロフィール

石黒誠の写真と活動を紹介するブログです。

Makoto Ishiguro

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